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名古屋高等裁判所 昭和48年(う)238号 判決

右の者に対する国家公務員法違反被告事件について、昭和四八年三月三〇日名古屋地方裁判所豊橋支部が言い渡した無罪判決に対し、検察官から適法な控訴の申立があつたので、当裁判所は、検察官本多久男出席のうえ審理を遂げ、次のとおり判決する。

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金五、〇〇〇円に処する。

右罰金を完納することができないときは金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

原審及び当審における訴訟費用は、全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、検察官作成の控訴趣意書に記載されているとおりであるから、ここにこれを引用する。

控訴の趣意第二(法令適用の誤り)について。

所論の要旨は、原判決は国家公務員法(以下「国公法」という。)一一〇条一項一九号の規定は、本件の如き被告人の行為に適用される限度において憲法二一条、三一条に違反するとしたが、原判決の右判断は憲法一五条、二一条及び三一条の解釈適用を誤り、その結果国公法一一〇条一項一九号、一〇二条一項、人事院規則(以下「規則」という。)一四―七の適用を誤つたもので、その法令適用の誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調べの結果を参酌したうえ、検討するに、

一関係証拠によれば、被告人は豊橋郵便局に勤務する郵政事務官であつて、昭和四二年四月頃は同郵便局貯金課団体積立係員として、主に外務員との集金票の授受、集金票の整理、保管等の内勤事務に従事する非管理職の職員であつたこと、被告人は昭和四二年四月一八日午前一一時五〇分頃から午後零時五五分頃までの間、別紙一覧表記載のとおり、昭和四二年四月二八日施行の豊橋市議会議員選挙に立候補した日本共産党公認候補者和出徳一を当選させる目的で、その選挙用ポスターを各貼付場所管理者の許可を受けて貼付して廻つたものであるが、右所為の当日被告人は年次有給休暇を得て、勤務時間外にその職務を利用することなくこれを行つたものであること、以上の各事実を認めることができる。

二原判決は、被告人の所為中公訴事実に該当する部分は国公法一一〇条一項一九号、一〇二条一項、規則一四―七の五項一号、六項一三号、規則一四―五の一項四号に該当するとしながらも、被告人のように非管理職であつて機械的労務を提供する現業公務員が、職務時間外に私的に、自己の職務を利用せず、また、公の設備を利用せずに行つた職務の公正を害する意図の認められないものにまで、一律に刑罰を加えうるとする国公法の右罰則規定は、このような被告人の行為に適用される限度において、その制裁が必要最少限度を超えているものであり、憲法二一条、三一条に違反するとの理由で、被告人に無罪を言い渡したことが、原判文に徴し明らかである。

三ところで、さきに、最高裁判所は、一般職の国家公務員に対する政治的行為の制限条項に違反したとして、国公法一一〇条一項一九号の罰則に問われたいわゆる猿払事件、徳島郵便局事件、総理府統計局事件において、当該被告事件に適用される右国公法の規定は、憲法二一条、三一条に違反しないとの判断を明示するに至つた(昭和四四年(あ)第一五〇一号、昭和四六年(あ)第二一四七号、昭和四七年(あ)第一一六八号、昭和四九年一一月六日大法廷各判決参照)。もとより、最高裁判所の判例といえども、特定の事件における最高裁判所の法解釈を示したものにほかならないから、その示された判断が一般的かつ当然には以後の他の下級審の裁判を拘束するものとは解しえない。しかしながら、最高裁判所が制度上最終的な違憲審査及び法令の解釈統一の機能を有する点にかんがみると、問題とされた当該法令について、一旦最高裁判所の判断が示された以上、法的安定性の見地からも、下級審裁判所においては、右の判断と異なる見解をとるのを相当とするような特段の事情が認められない限りその判断を尊重すべきものと考える。そこで、このような立場から本件を考察するに、前記の最高裁判所の判決中、昭和四四年(あ)第一五〇一号事件は、郵便局に勤務する郵政事務官が、衆議院議員選挙に際し、特定候補者の選挙用ポスターを掲示又は配布し、国公法一〇二条一項、規則一四―七の五項三号、六項一三号の制限に違反するとして国公法一一〇条一項一九号の罰則により起訴され、一審判決は当該被告人の違反行為に右罰則を適用する限度において憲法二一条、三一条に違反するとして無罪とした本件と類似の事案につき、控訴審判決は一審判決を維持したものであるが、上告審判決は詳細な理由を判示して右の政治的行為の制限条項は憲法二一条に違反せず、また、右罰則規定は憲法二一条に違反するものではなく、更に、当該被告人の違反行為に右罰則を適用することも憲法の右各法条に違反するものではないとして、結局原判決及び一審判決を破棄し有罪としたものである。これを本件と対比すれば、右上告審判決において示された法律判断は正に本件においても概ねそのまま妥当するものと認められるうえ、本件において右の判断と異なる見解をとるのを相当とするような特段の事情があるとは認められないので、当裁判所も最高裁判所の右判断の趣旨に従い、被告人の本件行為に対し適用されるべき国公法一〇二条一項、規則一四―七の五項一号、六項一三号及び国公法一一〇条一項一九号につき、右罰則規定が憲法二一条、三一条に違反するものではなく、また、先に認定した事情のもとになされた被告人の本件行為に国公法の右罰則を適用しても憲法の右各法条に違反するものではないと判断する。

なお、本件については可罰的違法性がないとの弁護人の弁論にかんがみ、考えてみるに、被告人の本件国公法違反の所為は、公選による公職の選挙において、特定の党派に属する特定の候補者を支持する政治的目的を有する文書の掲示であり、政治性の顕著な行動類型に属する政治的行為であつて、公務員の政治的中立性を損うおそれが大きいと認められるので、これが可罰的違法性を欠くものとはいえない。

四以上の次第で、原判決は憲法二一条、三一条の解釈を誤り、その結果国公法一一〇条一項一九号、一〇二条一項、規則一四―七の適用を誤つたものであり、この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかといわねばならない。結局論旨は理由があることに帰着する。

よつて、その余の所論に対する判断を省略し、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条に従い、原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書を適用して更に判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は、郵政事務官であつて一般職の国家公務員として豊橋郵便局貯金課に勤務しているものであるが、昭和四二年四月二八日施行の豊橋市議会議員選挙に際し、別紙一覧表記載のとおり同月一八日午前一一時五〇分頃から午後零時五五分頃までの間、豊橋市関屋町一〇九番地朝倉澄一郎方居宅南表出入口東側戸袋外一二か所に右選挙に立候補した候補者和出徳一の公職選挙一四三条一項五号所定の選挙ポスター合計二〇枚を画鋲で貼付して掲示し、もつて特定候補者を支持し、政治的目的のために人事院規則で定める政治的行為をなしたものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

被告人の判示所為は包括して国公法一一〇条一項一九号(刑法六条、一〇条により罰金額の寡額は昭和四七年法律第六一号による改正前の罰金等臨時措置法二条一項所定の額による。)、一〇二条一項、規則一四―七の五項一号、六項一三号に該当するので、所定刑中罰金刑を選択し、その所定金額の範囲内で被告人を罰金五、〇〇〇円に処し、右の罰金を完納することができないときは刑法一八条により金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、原審及び当審における訴訟費用については、刑訴法一八一条一項本文を適用して、全部被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。

(小淵連 伊澤行夫 横山義夫)

別紙

一覧表

番号

掲示年月日時

同場所

同枚数

1

昭和四二年 四月一八日

午前一一時五〇分頃

豊橋市関屋町一〇九番地

朝倉澄一郎方居宅

南表出入口東側戸袋

一枚

2

同日

午前一一時五五分頃

同町一〇六番地の二

藤原重孝方居宅

南表出入口西隅板壁及び同宅西側南隅板壁

二枚

3

同日

午後零時 五分頃

同町一二三番地

村田守方居宅

北表出入口西側戸袋

一枚

4

同日

午後零時一〇分頃

同町一七四番地

清水貢方居宅

東表出入口雨戸板

一枚

5

同日

午後零時二〇分頃

同市湊町二四番地

小山たつ方居宅

北表出入口西側戸袋

二枚

6

同日

午後零時二五分頃

同市関屋町一五八番地

小野田弥三郎方居宅

北表出入口西角板壁

二枚

7

同日

午後零時二八分頃

同市湊町一四六番地

小林勇方居宅

南側板塀

一枚

8

同日

午後零時三三分頃

同市上伝馬町八六番地

川合光男方居宅

西表出入口北側戸袋

一枚

9

同日

午後零時三八分頃

同町一二八番地

清水保方居宅

南表出入口西側南角板塀

一枚

10

同日

午後零時四〇分頃

同町一三一番地

白井一二方居宅

西表出入口南側板壁

一枚

11

同日

午後零時四五分頃

同町二一六番地

奥田峰岳方居宅

南東角板塀並びに同宅東側板塀

南東角板塀へ二枚

東側板塀へ  二枚

計四枚

12

同日

午後零時五〇分頃

同町一一一番地

山崎なほ方居宅

南表出入口西側板塀

一枚

13

同日

午後零時五五分頃

同町八一番地

鈴木よし方居宅

北側板壁及び同板塀

二枚

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